夢これから-ヨガと人生、そして私-

健康道の実践

bdfb289a6b5d8924e73cd38520599798週二回、ボクシングの練習をしています。

3ヶ月程前、レスリングの練習で、右手首を2度痛めて、かなり重症化してしまいました。
そのため、この3ヶ月間、左手だけでボクシングをしています。

怪我の功名とでも言うのでしょうか。
左手が右手のように使えるようになってきました。

現在、左手で練習出来るので、
必要悪として一生懸命治療をして改善してきていますが、
もう少しこの状態が続いてもいいと感じています。

ちょっとした仕事の合間や、早朝の仕事前に、
シャドーボクシングを行い技を磨いています。

cc8d043beb07f06fc397b0b3160c2533_s最近、歌とギターを始めました。
友人4人でバンドを組んで、年末を目指して、ボランティアのコンサートを開催しようと考えています。
歌は、早朝とちょっとした時間を見つけて歌っています。

一週間にいちど料理を作っています。
子供から、ボリューム感があって、ヘルシーな料理を作るように頼まれています。
これには少し苦労しています。
油を使う料理を全て炊く蒸すに変えています。

ヘルシーな料理はできるのですが、
ボリューム感を出すのに、毎回頭を捻っています。

6c110623898b853576e215cbe5b31db1_l週に一度、院でヨガを行っています。
ヨガと冥想とリハビリです。

院の一室を安らぎの空間と、仕事へのモチベーションを高める空間に変えました。

健康道の実践は、仕事の意欲やモチベーションを高め、
質の高い治療に繋がっています。

この文章をみて、来院くださる方が増えています。
今自分しかできない治療に取りくんでいます。

40年の経験を活かして、東洋医学を国民医療として高く認識頂けるよう励んでいます。

どこにいっても改善しなかった方
最後にお越し下さい。

当院の理念

鍼灸発祥の地、中国の4千年の歴史に基づく
中医学理論に基づく鍼灸治療を行います。

6千年の歴史をもつヨガの思想を大切にし、
ヨガの行法を実践しながらすべての治療に臨みます。

はじめに

当院のミッション

幼少からの私の思いと繋がっているので、まずはそこからお話し致します。

父のポリシー

akogare私は父が銀行員の家庭で育ちました。物心がついた時から、父は銀行の支店長で、誰もが一目を置くポリシーを持っておりました。いつも数人の部下を連れてきて、お酒を飲んで話をしていました。母が料理を出して、世話をして、和やかな雰囲気で、話をする父が好きでした。父はいつも「なるほど、そうか」と、小学生でもわかるような例え話をして、導くのが上手でした。父の話に私はいつも、心を揺さぶられるような感動を覚えました。だから、父の言葉が勝手に耳に入ってきました。そんな父をいつも尊敬していたので、私も父のようになりたいと思っていました。

銀行員として生きがいを

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大学を出て、株式会社四国銀行に入行しました。
「門前の小僧、習わぬ経を読む」で、入行後まもなく、私はトップセールスマンになりました「私は日本一の銀行員、あなたのお金を誰よりも、どこに預けるよりもお金をたくさん貯めて見せます。私にあなたの仕事をさせてください、仕事をさせていただくことが何よりの喜びであり、生き甲斐なのです」という気持ちで全ての方に接しました。熱い思いがあるから私を信頼してくれる。ただ、この思いで、私はトップセールスマンになることができたのです。個々の顧客を研究し、ニーズにあわせて先々にサービスを提供する、そんなことは当たり前のことなのです。一流の銀行員になる、重役になる、という将来の目標を明確にかつ具体的に持ち、一人一人に誠意を持って、一生懸命に接していました。その誠意と感謝の気持ちこそが、私が父に教えてもらったことなのです。

絶望的な慢性膵炎の発症

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入行後5年目、夢に向かってもっとも張り切っていた矢先に、私は慢性膵炎という病気になりました。医者から治らないと宣告され、お酒も一生飲めないと言われ、突然、どん底に落とされた気持ちになりました。生涯の夢を絶たれたようで、寄る辺をなくしていた当時、それは大変苦しい日々でした。銀行員としてはこんな身体ではやっていけない、それでも私は、夢を捨てることは出来ませんでした。私は何としても銀行員としてやっていきたいと思いました。

ヨガとの出会い
感銘を受けた沖先生の言葉

我が師沖正弘そんな時、病気を何でも治せる先生が静岡にいると聞き、藁(わら)をもすがる気持ちで沖道ヨガに行きました。

「慢性膵炎になったのは、君にそれを乗り越える力があるから、その病気を与えられたのだ。その縁を大切にしなさい。」

この言葉は衝撃そのものでした。

症状は健康回復運動である

いまでこそ理解できることですが、「症状は健康回復運動である。病を治そうとして、身体が自ら起こしている生命反応である。その回復運動が症状である。だから、症状は教えであり、大切なものである。症状がある限り死ぬことはない。病気になるような生活を続けているから病気で死ぬのであって、病気で死ぬ人間はいない。」のです。

病気を縁として活用する

我が師 沖正弘導師「だから、病気を縁として活用し、病気になるような生活や考え方、気持ちの持ち方そのものを改めなさい」

このように言葉をかけてくださったのです。
これらの感覚は一般的には世間の常識とは反対です。病気になれば、誰でも不安や恐怖、自責感や絶望感、孤独に陥り自信をなくすなど、様々なマイナス感情に囚われます。

現代医学で治らない疾患もある

ですから病気は悪いもの、というのが世間の常識です。

しかし、さらに深く考えてみますと、現代医学で治らない疾患はたくさんあります。
特に慢性疾患に対しては、ほとんど無力であると言っても過言ではありません。むしろ、生活や気持ちの持ち方を変えることこそが、遥かに効果的な治し方であると言えます。
ですが、普通はそのような発想はなく、医者からさじを投げられれば途方に暮れるだけになります。病気は治してもらうもの、病気は自分が創るとか、自分で治すという発想は中々、生まれないものです。

生活ヨガの実践

6c110623898b853576e215cbe5b31db1_l私は、「人間には自然に回復する能力が与えられている、症状は健康回復運動である」
という沖先生の言葉を何度も繰り返し、繰り返し唱和しました。その教えに従い、ヨガを生活、仕事の中に取り入れることを実践しました。

ヨガの同好会を始めて

book_fusen_yoko友人に声を掛け、青少年センターでヨガの同好会を始めました。沖先生に「教えることが最大の学びである」と言われたからです。手当たり次第に本を読み、また、本部のインストラクターより指導を受けました。確かに教えることは至難で、夢中で勉強し、実践し、学んでいかなければならなくなりました。しかしそれは、私にとって、健康について考える最大の場となりました

早朝ヨガを始めて

IMG_0001最初の2,3年は、絶望感に伴う鈍痛に絶えず襲われ、何をやっても症状は全く変わらず、不安や恐怖、自責感や絶望感、マイナス感情に何度も襲われました。こんなことではいけない、もっと修行しないと病気は良くならないと思い、私は決心しました。毎日の修養として、毎朝6時から7時半まで、近所の公民館でヨガ指導を始めました。生徒さんは10人でしたが、7年間、一人も辞めずに続けることが出来ました。その朝の会を始めて1,2年経った頃でしょうか、9時から23時頃までが仕事の時間でしたが、23時になっても何だか気持ちがしっかりしていることに気が付きました。5人の友人から始めた同好会も1年、2年と経つ内に、20人、30人と増え、5年後には500人の会員を持つまでになりました。

絶望感の中で夢を持ち続けて

病気があるからこそ、今周りにこのような時間と空間があり、人間関係が育っていったのであって、もし病気になっていなかったら、このような温かい結びつきを創ることは出来なかった。自分が生かされているとか、感謝されているとか、自分が必要な存在だと感じており、友情や愛情を感じていく過程で、病気であることに対するマイナスイメージが払拭されて、絶望感に伴う鈍痛の中でも夢だけは持ち続けることが出来ました。

マイナスの感情から解放されたとき、自己回復能力が高まる

意識病気が自分にとって都合の悪い物であるという感情から、自分にとって今は必要な物、必要悪であり、健康になれるかもしれないための原動力である。もし、病気でなかったら、ここまでやれない、だから病気に感謝である。病気を縁として活用するというプラスの気持ちを、いつしか持てるようになりました。その時から、病気の進行は止まります。病気であるというマイナスの感情から解放されたとき、自己回復能力が自然と高まっていくのです。病気から離れることで、不安や恐怖、自責感や絶望感、マイナスの感情から解放され、自然回復力が働き始めるのです。沖先生の言葉を実践した御陰で、私は仕事に専念し、トップセールスを10年間、銀行を辞めるその時まで続けることが出来ました。

生涯をかけて治療の道に進む

MG_1121-624x415私は病気になって、世の中にはこんなにも沢山の病気で苦しんでいる人がいることを知りました。そこで、私はとても迷いました。銀行員を続けて子供のときからの夢を目指そうかどうしようか。銀行員はただの職業でなく、幼い頃からの特別な存在だったからです。そして2年後、私は生涯をかけて治療の道に進むことを決意しました。反対する両親だけは、どうしても説得できませんでした。父母の夢を裏切った形になってしまいました。

人に接する心を大切に

私は、銀行時代に実践していたように、治療の世界でも、人に接する心を何よりも大切にしています。自分の情熱とその人を想う心がなければ、ただの治し屋です。病気には悩みや不安、恐怖、葛藤がつきものです。病気を治すのではなく病人を治すのだ、症状を取り除くのではなく、根本的な疾病の改善に取り組み、健康に導くのだという信念に至りました。

病気の原因は生活習慣の中にある

7f78db7ade87234cbd216c5b5e08e397_m身体はストレスや精神状態の影響を常に受けています。しかし、そのことが病気の大きな原因になっていることを、ほとんどの方は気がついていません。だから、まず心の状態を診るのです。

更に、病気の原因は生活習慣の中にあります。睡眠や食生活、人間関係、自然環境などの全てが原因となるのです。患者様が人や社会に対して、どのような気持ちや態度で接しようとしているか、それを知ることはとても大切です。
人の身体を診るには、感情の変化や精神状態、生活習慣など、全てを丸ごと見通すことが大切です。私は、治療に必要な臨床心理学も学び続けています

人の身体の中まで見通す

私の問診は多岐に渡ります。人の身体は、点や線、面ではなく、全体を球体で診ることが大切なのです。全体像が分かれば答えは自ずと見えてくるからです。正確な診断の基に、的確な治療を・・・。これが私の治療のポリシーです。東洋医学の道に入って38年、開業して25年、この道に出会えたことに感謝しています。

中医学は宝の宝庫

郭義先生と

第三回世界中医学大会の筆者
(向かって右;郭 義 左;原田浩一)
天津水城公園にて

開業して7,8年経った頃でしたか、東京衛生学園の中医学のパイオニアであり第一人者である兵頭明先生よりお電話を頂き、中国の大学院の勉強が日本で出来るようになったので、その最初のモニターになってくれないか、というお誘いを受けました。臨床家であり、中医学が分かっていると言うことが条件でした。私は3年半、東京で中医学を学び、中医学の治療を実践していたので、お声をかけていただいた、という訳です。その後、中国天津中医薬大学大学院の講座を全て修了することが出来ました。中医学の素晴らしさを改めて知っただけでなく、鍼灸の現代医学的研究の世界の第一人者である郭義先生と生涯の知友となることができました

治療に再現性がある

MG_1091証が異なれば同じ病名でも、現代医学とは異なり、治療方法は一人一人異なります。証が同じであれば病名は異なっても、同じ治療です。同じ効果が出るからです。
証に基ずく治療は、世界中、いつ、どこで、誰に何度治療を施しても、再現性があるのです。同じ効果をもたらすと言うことです。
再現性があるということは、中医学は科学です。
また治療を始める前から、治療後の効果や結果を大体において予測する事も可能です。結果を予測して治療を行うのです。
効果が出ないときは,直ちに証に立ち戻り、証を改めて検討し証を立て直します。
治療効果が出ないときも、何度でも証を見直し、最後まで諦めません

健康総合修養道場の建立

2020年8月、沖ヨガ道場のやり方を私なりに再生し、
修養、修行出来る場を作ります。
そして誰もが心と身体の健康と修養、修業ができるコミュニティを作ります。
そこではレスリング、ボクシング、
英会話、中国語、世界史、日本史、弾き語りなど、
他にもさまざまなことを学ぶことができるようにしていきます。
全てを修養の場とし、行法として行います。

合掌、拝み、祈り、願い、誓いについて

我が師 沖正弘導師前回お約束した「合掌、拝み、祈り、願い、誓い」について「沖道ヨガ生活行持集」より抜粋し、沖先生のお言葉をそのまま御紹介します。

沖道ヨガでは、私が若いときに道場に行ったときいつでも、これらについて教えを受け、感謝、懺悔、下座、奉仕について実行する場を与えられ、行法をさせて頂きました。

それでは、沖ヨガ道場に来たつもりで、お聞き下さい。

合掌

合掌・拝み・祈り・願い・誓い

合掌とは拝む心を身体の形に変えた表現です。

そして、拝むということは、ヨガの語源である、「結ぶ」ということと同じ意味です。

ですから、拝む生活とは、バランスのとれた生かし合いの世界であり、本当の自由の世界なのです。

合掌とは、心、身体、生活のいずれにも、
「このような生き方をさせていただきます。」と誓う姿なのです。

信じあう世界を実現する「合掌」

imageki結び合うということは、相異なったものが心を一つにすることです。これが信じあう世界です。
生きているものにとって、生きていることを喜びとし、楽しみとしたい、というのが本能的な願いです。この願いを実行するために、心を一つにして、握手し合い、合掌し合い、和合し合って生きていくのが本当の人間の生きる道なのです。

合掌、すなわち拝み合う心で生き、人と接すれば、生命が根底から求めている喜びの生活が実現します

合掌とは自他が一つになることであり、自分と他人との区別がないことを示すものです。相手は自分であり、自分は相手であるのです。禅ではこのことを、「自己他己」と表現します。己れに見える自分、他人に見える自分、という意味です。すべてのものが自分に見えるようになったとき、初めて、平和や愛の意味を実感することが出来、そうあるためには、どうすべきかということも、わかってくるのです。

相手の心をわかろうとする訓練法「祈り」

この宇宙に心のないものは一つもありません
日常生活はすべての心を理解するためにあるといえます。

理解するためには、相手の心を自分の心とする以外に方法はありません。相手の心をわかろうとする訓練法のことを、ヨガでは「祈り」といいます。

祈りと願いは違います。

祈りとは、相手の心を自分の心にすることです。

相手の要求を読み取り、立場を理解し、その人達に対して自分はどう考え、どう受け取り、どのような行い方をしたらよいかをつかまえることです。そして、その一つ一つを神に結びつけて考えることです。

相手の心と自分の心を結びつける「拝み」

S__6422561拝みとは、神の心と自分の心を結びつけることです。自分が神様になったつもりで、考えたり行ったりするのです。
例えば、夫婦の関係においても、「もしも自分が神様であったら、私は妻(夫)に対してどういう態度、表現をすればよいのだろうか」と考えてみるのです。

同時に相手を神と見るのです。
相手が神であれば、いじめたり傷つけたりするわけにはいきません。
自分の心を尊く高めるためにも、相手を神と思って接するべきです。
必要な存在、有り難い存在であると拝む練習をするのです。
この霊性を高める訓練法が宗教的訓練法です。

ですから、「拝む」ということは、「すべてのものは神である。だから扱い方、表現の仕方、心身の養い方、使い方、受け取り方、出し方、入れ方などを、すべて尊くしなければならない」ということを理解し、実行する生活態度のことをいうのです。

自他と全体のバランスの上に立つもの「願い」

55b1a43001fe764aaa7ffb7e0612f542_l願いは、他のため、お互いのため、全体のために持つべきものです。

自分のためだけに願うべきではありません。自分のためだけに願うのは、自分にとって都合の良いことを願う邪欲の現れです。この不自然な心を持っていては、どんなに努力をしても真実に気づくことは出来ず、いつまでもエゴを引きずったままで、おまかせの境地にはなれません。自分の小さな枠から一歩も外に出られないのです。

誰でも喜びをもって生きたいという願いがありますが、真実の喜びは、自他と全体のバランスの上に立つものであり、共存共栄でなければ成就しないものです。自他、全体の本当の繁栄を喜びとする願いを持つように努力して下さい。

意識の転換と集中力を養う「誓い」

誓いとは、「自分はこういう自分になるのだ」ということを、自分自身すなわち神に約束することです。そうして自分自身にノルマをかけ、目標を明確にすることで、力がわいてきて積極的になり、触れていく一つ一つのことが楽しみとなります。

また、道場では、多くの誓いの言葉がありますが、生活の一つ一つに正しい意味を感じて、その心でそのことに取り組んでいくことで、意識の転換と集中力が養えます

みんなで分かち合う

6c110623898b853576e215cbe5b31db1_l科学の進んだ現在、宇宙に行き生活する時代、車の自動運転、人工頭脳の発達したロボットが活躍する時代、まさに鉄腕アトムで描かれた世界が現実的になってきました。自然災害をほぼ克服し、ロボットと共存して行こうとしてゆく時代となりました。

しかし、再び経験したことのない異常気象に見舞われ、世界中であらゆる災害が報告されています。
これは地球温暖化の影響が一番大きいと言われています。

世界中は地球温暖化で、ハリケーンや集中豪雨、地震による大きな災害とそれによる多くの犠牲がもたらされています。

合掌・拝み・祈り・願い・誓いの意味をみんなで分かち合いましょう。

政治のトップに立つ人々は政治の中で、またそれぞれの職業に就く人は、その仕事の中で実践して行きましょう。

合掌とは、自他が一つになることであり、自分と他人との区別がないことを示すものです。相手は自分であり、自分は相手であるのです。

禅では、このことを「自己他己」と表現します。
己に見える自分、他人に見える自分という意味です。

すべてのものが自分に見えるようになったとき、はじめて平和や愛の意味を実感することができ、そうあるためには、どうすべきか分かってくるのです。

地球温暖化の交渉にさえ参加しない国もあり、悲惨なテロが多発しています。
地球は、私たちの子供や孫たち、そして幾世代にもわたって環境を守り、平和で生活できる地球をつくってゆくことが大切です。
一国だけの繁栄のことだけを考えれば、それが永く続くことは結果的にあり得ないのです。

共存共栄してはじめて、永く平和が築かれてゆくのです。
それが自然法則なのです。

ヨガを正しく理解してもらうために

power02今、私たちは意識的に心の勉強をし、仏性(良心)を開発し高め、大切な心の原点である感謝心を高めて行く必要があります。

ヨーロッパでは、禅が流行していると聞きました。心を安心・安定させる行法を求めているのです。
日本ではヨガがブームになっています。しかし健康志向だけで、本当のヨガがほとんど行われていないのが現実です

ヨガを正しく理解し、本当のヨガを行じてほしいという思いから、この記事を書きました

ここに御紹介した沖導師のお教えが、みなさまのお役に立てば幸いです。
私も生活のなかで実行し、仕事や人間関係、生活や社会の中に活かして行きます。

次回、ヨガの心である「感謝、懺悔、下座、奉仕」について、沖道ヨガ生活行持集より沖先生のお言葉をそのまま抜粋して御紹介いたします。

合掌

沖道ヨガの十段階

私はこれまで沖正弘導師を師と仰ぎ、若いときから教えを受けてきました。
沖道師が亡くなった後も、導師のお言葉が耳から離れません。
離れないどころか、段々強くなり、60歳からの人生の生涯をかけ、沖道を実践し学んで行こうと思っています。

沖道ヨガの十段階から御紹介しようと思います。

沖道ヨガの十段階

第一段階、ヤマ(禁戒)

自分の心と身体と生活を損ねることの戒めであり、自分自身で考えてその内容を決めます。例えば、噓をつく。相手の気持ちを考えない。人を尊敬(大切)にしない。

ニヤマ(歓戒)

shizen例えば、心の聖化、積極的かつ平静な状態に心を保つことの勧め。
高潔な気持ちをもつ。
人との絆を大切にする。
自分の信念を貫く。
価値観をともにする仲間を増やし、コミュニティを作る。
全肯定の生き方を心がける。
丹田に自然に力がこもるような姿勢、呼吸、意識の持ち方を行う。
他に自分を捧げる奉仕行によって、無心、無条件、お任せの境地を培う。
他人の心、草花や動物の心、仕事の心となって考え、自分らしく生きる。
自他の中にある神性を観て、自他を尊ぶ生き方を養う。
すべてに尊いな、有難いなと感じる訓練をする。
何事にも感謝できる練習をする。
仕事を通して社会貢献をする・・・など。

 

第二段階  アサンス(動禅行法)

各種姿勢と動作の意識的訓練を呼吸と合わせる。
生命本来のバランス維持能力、心身の安定力、適応力を高め、生活を自然化します。

 

第三段階  プラナヤマ

エネルギーを整え、最も力の発揮できる状態に自分の内側から調御。
呼吸、食事、人間関係のなかで訓練します。
アサンスを行うだけでなく、生活の中で実践し身につけます。

 

第四段階  プラティヤハラ(自律自覚訓練)

自分が自分の主人公になり、自分が自分に命令し、自分が自分を律する訓練です。これも日常生活を通して行います。

 

第五段階 ダラーナ(統一行法)

power心身の能力を結集して使う訓練。
心―― 意識層と善無意識層の内容を一つにして一心になります。
すなわち意識と欲望が一致している状態です。
体―― 一つのことを全身にて行います。
すなわち、統一心、統一体、調和息で行います。最高に集中した状態で最も安定した状態です。

 

第六段階 ディアーナ(禅定行法)

心身の安定を体の面から行じる。
丹田に自然に力がこもるような姿勢、呼吸、意識の持ち方を説いています。
最高に集中した状態で放下し、最高で緊張した状態で弛緩している状態です。

 

第七段階  バクティ(放下行法)

バランス心の安定を説く行法。
他に自分を捧げる奉仕行によって無心、無条件、お任せの境地を得ます。
沖道ヨガでは、一番最初にこの奉仕行から入り、下座心や懺悔心、感謝心を培って行きます。道場で訓練したことを日常生活で実践し、身につけて行きます。

 

第八段階  サマーディ(三昧行法)

相手と自分が一体となる行法。
他人の心、草花や動物の心、仕事の心になって考えることが自分らしく生きることに繋がります。
沖道ヨガでは、心身一如、自他共存の精神を培って行きます。

 

第九段階  ブッディ(仏性啓発行法、聖心行法)

自他の中にある神性を観て、自他を尊ぶ扱い方を養う行法。
すべてに「尊いな」「有難いな」「よいものだな}と感じる訓練です。

 

第十段階  プラサド(法悦行法)

本当の喜び、真の歓喜を意味する。
すべてに感謝する訓練により、私とあなたと神様の喜びを一つとすることができます。

本当のヨガ

IMG_0578[1]みなさんが、ヨガと思っている、そして世界中で行われているほとんどのヨガがアサンスであり、この動禅行法です。
しかし、ヨガはサマーディやブッディ、プラサドを目標としており、すなわちそれまでの七段階まではそのための修業法であり、生活を通して一から十段階までを随時心がけて実行し、自分自身を解脱、すなわち悟りに結びつける行法哲学です。

病を回復させるだけでなく、心と身体を整えて真の意味で健康になり、自分自身を悟り(すべてに感謝し尊いなと自分自身の心が思える境地) に導く行法です。そのためには、感謝心、懺悔心、下座心、奉仕心を養い高め、感謝・懺悔。下差、奉仕を実践して行くことが大切です。自分自身のなかに、これらの心を高めることこそが悟りにつながる最も大切であり近道であると説かれています。
地位や名誉や財産がいくらあっても、悟りにはつながりません。
特別な頭脳や才能も必要ありません。

仕事を道として行い、生活のすべてを通して感謝、懺悔、下差、奉仕を行うことが大切です。
目標をもち続けることで、誰でもできることであります。
表面的な幸せ、すなわち地位や名誉、財産を得ることにあくせくしがちですが、内面的な幸せや喜びを得ることは、おろそかにされがちです。
自分らしく生き、自分自身が輝くためには、内面の幸せが大切です。

それを培うのがヨガであり、ヨガの行法は感謝、懺悔、下座、奉仕心を養うことが土台であり目標となっています。

ここに御紹介した沖導師のお教えが、みなさまのお役に立てば幸いです。
私も生活のなかで実行し、仕事や人間関係、生活や社会の中に活かして行きます。

次の回では、沖道ヨガ生活行持集より、「合掌、拝み、祈り、願い、誓い」について沖先生のお言葉をそのまま抜粋して御紹介します。

なお当院では、今後、毎日の早朝ヨガおよび就寝ヨガを通して、意識的訓練を重ね、一日の生活を通して、仕事を通して、生活のすべてを通して、生涯をかけて学んで行く場を提供してゆきます。

合掌

健康治療家として60歳からの新たな人生のスタート – ボクシングとヨガ -

健康を繋ぐボクシング

最近ボクシングの練習に凝っています。

14b808f7a2fa97680f8fdce5f63b0c17_l一日の練習をビデオに撮影して、翌日の練習までにできるだけ見るようにしています。

できるだけ見やすく、わかり易くするように編集しています。

コーチに質問し、お手本を見せてもらい、こんな素晴らしい動きが出来るのだということを、まず示してもらいます。

そのために、どんな練習をしたらいいのかということに入っていって、正しく練習をすれば、誰でも上手になれるのだと思っていただけるように、作っています。

コーチには説明をしながら、ゆっくり動いてもらい、次に実践的に動いてもらいます。

そこには、理論的な手順や説明がわかりやすく、詳しく、コツに到るまで説明してあります。二ヶ月で20分余りのビデオを編集しました。

これを通して、非常に効率的な練習ができるようになったこと、練習以外の時間も短い時間を見つけて、動作の練習をするようになりました。

いつでもできるということが、とても大切で、試合の時に発揮できるのは、無意識にまで落とした動作だけなのです。ボクシングの練習は、反射神経、スピード、瞬発力、持久力、柔軟性、バランス感覚を養うことが重要です。

私の年齢で何故ボクシングか?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、老化防止に役立つことは間違えありません。
ボクシングに必要な要素は、現在衰えてより、また更に衰えようとしている運動神経群です。早く動ける。合理的な動きが出来る。身体を回旋したり、早いステップを踏んだり、柔軟な防御姿勢を取ることは、まさに今衰えようとしているものに対して、改善できるよい刺激となるものです。

55b1a43001fe764aaa7ffb7e0612f542_l数年後、ボクシング、それとこれまでやってきたレスリングを、仲間を集めて一緒に行いたい。幼児から小学生、男女を問わず、大人も高齢の方にもおすすめです。

そんなことで、今、一番楽しみながらボクシングをしています。

早朝ヨガが疲れを取り活力を生み出す

ボクシングをするに当たって、早朝ヨガがとても役に立っています。
早朝ヨガで疲れを取っているからこそ、毎日ボクシングが出来ています。
そして、仕事にも張りがでてきます。

沖先生の月刊誌のすべての文字起こしを行いました。
沖先生の46年間の沖ヨガの修行を通して、経験や体験のすべてを述べていただいています。
一つ一つの言葉に重みがあり、読むだけでも大変ですが、何より貴重な資料となりました。

沖先生のこれまでの著書をすべてお貸し戴いた、ヨガの大先輩の木村先生にはとても感謝しております。

6c110623898b853576e215cbe5b31db1_l沖先生のお言葉を、毎日読経して心に落とし込みながら、実践出来るようになればと思います。

これから生涯を通して、ヨガの修行をし、健康治療家として60歳からの人生を新たにスタートさせたいと思います。

健康の秘訣は、「院長のひとりごと -ヨガと人生、そしてこれからー」を通してお伝え致します。楽しみにご覧下さい。

これからの生き方 -序章-

20130320-03ヨガのアーサナは全て腰腹力を高めるように出来ており、ヨガの呼吸法は鍛錬力を高め、自律神経を安定させます。
冥想は大脳を安定させ、ヨガを行うことにより、心を強くすることが出来ます。

無意識(潜在意識)とは、感情や自律神経、本能、欲望です。
意識は理性、一言でいうと「~ねばならない」という心であり、無意識は欲望であり、一言でいうと「~したい」という心です。

ヨガを行うと、なぜ自分をコントロールするのが上手になるのかというと、意識が変わり、無意識の心と対面できるからです。
「頭の中を空っぽにしましょう」と私はよくいうのですが、それは、囚われ、計らい、引っかかりの心を、頭の中から追い出して、一度いろいろなしがらみから離れて、自己解放させると言う意味です。

自己を解放させると心の中、すなわち無意識が見えてくるものです。
自分の本当の心と出会うことができます。本当の心がわかると自分の生き方がわかり、心が満足する本当の自分の心の在り方がわかってきます。繰り返し行うことで、迷いがなくなっていくのです。

奉仕行や下座行を意識して日常生活の中で合わせて行うと、感謝心を養うことができます。そして、懺悔心も養われます。
すべてを有り難く受け取る心、これが感謝心です。
懺悔心は、すいませんという心で、反省の心が生まれます。
そして、日常生活の全てを行法として行うことで、受け取り方が変わり、様々な事象や現象から全てを教えとして受け取る事ができます。

「心身一如」「自他共存」がヨガの心です。
ヨガの心を会得するには、エゴの克服が必要です。エゴの克服が出来ないと、心身一如も自他共存もなしえないのです。

我が師 沖正弘導師
我が師 沖正弘導師

しかしこれが難しい、言葉で言うほど簡単ではないですよね。これからの全人生を通して、やっていっても、どこまで出来るかわかりません。ただ我が師、沖正弘導師がエゴを克服し、ヨガの心を培う方法を導師の生涯の行を通して実際に示し、数々の教えを残してくれています。
その教えを伝えながら、私はこれからの全人生を通して、ヨガの心を学んでいこうと決意しています。
そのために日常生活を行として受け取り、全てを教えや学びとする必要があるのです。

高齢化社会を迎え、60歳以上の人口が急増していきます。60歳からの生き方は、今まで学んできたこと、助けられてきたことに対して、社会や若い世代に対し、恩返しをすることです。
私に出来る社会貢献は、ヨガでなし得る心と身体の健康法を伝導する。
生涯を通して、ヨガの心を学ぶ事です。
私の想いや価値観に共感されるできるだけ多くの方と歩んでいきたいと思っています。

ヨガの修養修業法の中で、それぞれのタイトルに合わせて、原稿を掲載していきますので、ご覧になって下さい。
沖導師から学ばさせて頂いたヨガを私なりの方法でセミナーを行いますので、どうか参加して下さい。沖導師の想いを実行して、私が学んだ事、掴んだことを私の言葉で伝導して参ります。