ヨガの修養・修行法
院長のひとりごと

2018年5月1日

健康道の実践

院長のひとりごと

2017年7月28日

当院の理念

合掌、拝み、祈り、願い、誓いについて

我が師 沖正弘導師前回お約束した「合掌、拝み、祈り、願い、誓い」について「沖道ヨガ生活行持集」より抜粋し、沖先生のお言葉をそのまま御紹介します。

沖道ヨガでは、私が若いときに道場に行ったときいつでも、これらについて教えを受け、感謝、懺悔、下座、奉仕について実行する場を与えられ、行法をさせて頂きました。

それでは、沖ヨガ道場に来たつもりで、お聞き下さい。

合掌

合掌・拝み・祈り・願い・誓い

合掌とは拝む心を身体の形に変えた表現です。

そして、拝むということは、ヨガの語源である、「結ぶ」ということと同じ意味です。

ですから、拝む生活とは、バランスのとれた生かし合いの世界であり、本当の自由の世界なのです。

合掌とは、心、身体、生活のいずれにも、
「このような生き方をさせていただきます。」と誓う姿なのです。

信じあう世界を実現する「合掌」

imageki結び合うということは、相異なったものが心を一つにすることです。これが信じあう世界です。
生きているものにとって、生きていることを喜びとし、楽しみとしたい、というのが本能的な願いです。この願いを実行するために、心を一つにして、握手し合い、合掌し合い、和合し合って生きていくのが本当の人間の生きる道なのです。

合掌、すなわち拝み合う心で生き、人と接すれば、生命が根底から求めている喜びの生活が実現します

合掌とは自他が一つになることであり、自分と他人との区別がないことを示すものです。相手は自分であり、自分は相手であるのです。禅ではこのことを、「自己他己」と表現します。己れに見える自分、他人に見える自分、という意味です。すべてのものが自分に見えるようになったとき、初めて、平和や愛の意味を実感することが出来、そうあるためには、どうすべきかということも、わかってくるのです。

相手の心をわかろうとする訓練法「祈り」

この宇宙に心のないものは一つもありません
日常生活はすべての心を理解するためにあるといえます。

理解するためには、相手の心を自分の心とする以外に方法はありません。相手の心をわかろうとする訓練法のことを、ヨガでは「祈り」といいます。

祈りと願いは違います。

祈りとは、相手の心を自分の心にすることです。

相手の要求を読み取り、立場を理解し、その人達に対して自分はどう考え、どう受け取り、どのような行い方をしたらよいかをつかまえることです。そして、その一つ一つを神に結びつけて考えることです。

相手の心と自分の心を結びつける「拝み」

S__6422561拝みとは、神の心と自分の心を結びつけることです。自分が神様になったつもりで、考えたり行ったりするのです。
例えば、夫婦の関係においても、「もしも自分が神様であったら、私は妻(夫)に対してどういう態度、表現をすればよいのだろうか」と考えてみるのです。

同時に相手を神と見るのです。
相手が神であれば、いじめたり傷つけたりするわけにはいきません。
自分の心を尊く高めるためにも、相手を神と思って接するべきです。
必要な存在、有り難い存在であると拝む練習をするのです。
この霊性を高める訓練法が宗教的訓練法です。

ですから、「拝む」ということは、「すべてのものは神である。だから扱い方、表現の仕方、心身の養い方、使い方、受け取り方、出し方、入れ方などを、すべて尊くしなければならない」ということを理解し、実行する生活態度のことをいうのです。

自他と全体のバランスの上に立つもの「願い」

55b1a43001fe764aaa7ffb7e0612f542_l願いは、他のため、お互いのため、全体のために持つべきものです。

自分のためだけに願うべきではありません。自分のためだけに願うのは、自分にとって都合の良いことを願う邪欲の現れです。この不自然な心を持っていては、どんなに努力をしても真実に気づくことは出来ず、いつまでもエゴを引きずったままで、おまかせの境地にはなれません。自分の小さな枠から一歩も外に出られないのです。

誰でも喜びをもって生きたいという願いがありますが、真実の喜びは、自他と全体のバランスの上に立つものであり、共存共栄でなければ成就しないものです。自他、全体の本当の繁栄を喜びとする願いを持つように努力して下さい。

意識の転換と集中力を養う「誓い」

誓いとは、「自分はこういう自分になるのだ」ということを、自分自身すなわち神に約束することです。そうして自分自身にノルマをかけ、目標を明確にすることで、力がわいてきて積極的になり、触れていく一つ一つのことが楽しみとなります。

また、道場では、多くの誓いの言葉がありますが、生活の一つ一つに正しい意味を感じて、その心でそのことに取り組んでいくことで、意識の転換と集中力が養えます

みんなで分かち合う

6c110623898b853576e215cbe5b31db1_l科学の進んだ現在、宇宙に行き生活する時代、車の自動運転、人工頭脳の発達したロボットが活躍する時代、まさに鉄腕アトムで描かれた世界が現実的になってきました。自然災害をほぼ克服し、ロボットと共存して行こうとしてゆく時代となりました。

しかし、再び経験したことのない異常気象に見舞われ、世界中であらゆる災害が報告されています。
これは地球温暖化の影響が一番大きいと言われています。

世界中は地球温暖化で、ハリケーンや集中豪雨、地震による大きな災害とそれによる多くの犠牲がもたらされています。

合掌・拝み・祈り・願い・誓いの意味をみんなで分かち合いましょう。

政治のトップに立つ人々は政治の中で、またそれぞれの職業に就く人は、その仕事の中で実践して行きましょう。

合掌とは、自他が一つになることであり、自分と他人との区別がないことを示すものです。相手は自分であり、自分は相手であるのです。

禅では、このことを「自己他己」と表現します。
己に見える自分、他人に見える自分という意味です。

すべてのものが自分に見えるようになったとき、はじめて平和や愛の意味を実感することができ、そうあるためには、どうすべきか分かってくるのです。

地球温暖化の交渉にさえ参加しない国もあり、悲惨なテロが多発しています。
地球は、私たちの子供や孫たち、そして幾世代にもわたって環境を守り、平和で生活できる地球をつくってゆくことが大切です。
一国だけの繁栄のことだけを考えれば、それが永く続くことは結果的にあり得ないのです。

共存共栄してはじめて、永く平和が築かれてゆくのです。
それが自然法則なのです。

ヨガを正しく理解してもらうために

power02今、私たちは意識的に心の勉強をし、仏性(良心)を開発し高め、大切な心の原点である感謝心を高めて行く必要があります。

ヨーロッパでは、禅が流行していると聞きました。心を安心・安定させる行法を求めているのです。
日本ではヨガがブームになっています。しかし健康志向だけで、本当のヨガがほとんど行われていないのが現実です

ヨガを正しく理解し、本当のヨガを行じてほしいという思いから、この記事を書きました

ここに御紹介した沖導師のお教えが、みなさまのお役に立てば幸いです。
私も生活のなかで実行し、仕事や人間関係、生活や社会の中に活かして行きます。

次回、ヨガの心である「感謝、懺悔、下座、奉仕」について、沖道ヨガ生活行持集より沖先生のお言葉をそのまま抜粋して御紹介いたします。

合掌

沖道ヨガの十段階

私はこれまで沖正弘導師を師と仰ぎ、若いときから教えを受けてきました。
沖道師が亡くなった後も、導師のお言葉が耳から離れません。
離れないどころか、段々強くなり、60歳からの人生の生涯をかけ、沖道を実践し学んで行こうと思っています。

沖道ヨガの十段階から御紹介しようと思います。

沖道ヨガの十段階

第一段階、ヤマ(禁戒)

自分の心と身体と生活を損ねることの戒めであり、自分自身で考えてその内容を決めます。例えば、噓をつく。相手の気持ちを考えない。人を尊敬(大切)にしない。

ニヤマ(歓戒)

shizen例えば、心の聖化、積極的かつ平静な状態に心を保つことの勧め。
高潔な気持ちをもつ。
人との絆を大切にする。
自分の信念を貫く。
価値観をともにする仲間を増やし、コミュニティを作る。
全肯定の生き方を心がける。
丹田に自然に力がこもるような姿勢、呼吸、意識の持ち方を行う。
他に自分を捧げる奉仕行によって、無心、無条件、お任せの境地を培う。
他人の心、草花や動物の心、仕事の心となって考え、自分らしく生きる。
自他の中にある神性を観て、自他を尊ぶ生き方を養う。
すべてに尊いな、有難いなと感じる訓練をする。
何事にも感謝できる練習をする。
仕事を通して社会貢献をする・・・など。

 

第二段階  アサンス(動禅行法)

各種姿勢と動作の意識的訓練を呼吸と合わせる。
生命本来のバランス維持能力、心身の安定力、適応力を高め、生活を自然化します。

 

第三段階  プラナヤマ

エネルギーを整え、最も力の発揮できる状態に自分の内側から調御。
呼吸、食事、人間関係のなかで訓練します。
アサンスを行うだけでなく、生活の中で実践し身につけます。

 

第四段階  プラティヤハラ(自律自覚訓練)

自分が自分の主人公になり、自分が自分に命令し、自分が自分を律する訓練です。これも日常生活を通して行います。

 

第五段階 ダラーナ(統一行法)

power心身の能力を結集して使う訓練。
心―― 意識層と善無意識層の内容を一つにして一心になります。
すなわち意識と欲望が一致している状態です。
体―― 一つのことを全身にて行います。
すなわち、統一心、統一体、調和息で行います。最高に集中した状態で最も安定した状態です。

 

第六段階 ディアーナ(禅定行法)

心身の安定を体の面から行じる。
丹田に自然に力がこもるような姿勢、呼吸、意識の持ち方を説いています。
最高に集中した状態で放下し、最高で緊張した状態で弛緩している状態です。

 

第七段階  バクティ(放下行法)

バランス心の安定を説く行法。
他に自分を捧げる奉仕行によって無心、無条件、お任せの境地を得ます。
沖道ヨガでは、一番最初にこの奉仕行から入り、下座心や懺悔心、感謝心を培って行きます。道場で訓練したことを日常生活で実践し、身につけて行きます。

 

第八段階  サマーディ(三昧行法)

相手と自分が一体となる行法。
他人の心、草花や動物の心、仕事の心になって考えることが自分らしく生きることに繋がります。
沖道ヨガでは、心身一如、自他共存の精神を培って行きます。

 

第九段階  ブッディ(仏性啓発行法、聖心行法)

自他の中にある神性を観て、自他を尊ぶ扱い方を養う行法。
すべてに「尊いな」「有難いな」「よいものだな}と感じる訓練です。

 

第十段階  プラサド(法悦行法)

本当の喜び、真の歓喜を意味する。
すべてに感謝する訓練により、私とあなたと神様の喜びを一つとすることができます。

本当のヨガ

IMG_0578[1]みなさんが、ヨガと思っている、そして世界中で行われているほとんどのヨガがアサンスであり、この動禅行法です。
しかし、ヨガはサマーディやブッディ、プラサドを目標としており、すなわちそれまでの七段階まではそのための修業法であり、生活を通して一から十段階までを随時心がけて実行し、自分自身を解脱、すなわち悟りに結びつける行法哲学です。

病を回復させるだけでなく、心と身体を整えて真の意味で健康になり、自分自身を悟り(すべてに感謝し尊いなと自分自身の心が思える境地) に導く行法です。そのためには、感謝心、懺悔心、下座心、奉仕心を養い高め、感謝・懺悔。下差、奉仕を実践して行くことが大切です。自分自身のなかに、これらの心を高めることこそが悟りにつながる最も大切であり近道であると説かれています。
地位や名誉や財産がいくらあっても、悟りにはつながりません。
特別な頭脳や才能も必要ありません。

仕事を道として行い、生活のすべてを通して感謝、懺悔、下差、奉仕を行うことが大切です。
目標をもち続けることで、誰でもできることであります。
表面的な幸せ、すなわち地位や名誉、財産を得ることにあくせくしがちですが、内面的な幸せや喜びを得ることは、おろそかにされがちです。
自分らしく生き、自分自身が輝くためには、内面の幸せが大切です。

それを培うのがヨガであり、ヨガの行法は感謝、懺悔、下座、奉仕心を養うことが土台であり目標となっています。

ここに御紹介した沖導師のお教えが、みなさまのお役に立てば幸いです。
私も生活のなかで実行し、仕事や人間関係、生活や社会の中に活かして行きます。

次の回では、沖道ヨガ生活行持集より、「合掌、拝み、祈り、願い、誓い」について沖先生のお言葉をそのまま抜粋して御紹介します。

なお当院では、今後、毎日の早朝ヨガおよび就寝ヨガを通して、意識的訓練を重ね、一日の生活を通して、仕事を通して、生活のすべてを通して、生涯をかけて学んで行く場を提供してゆきます。

合掌