患者様の病態分析

臨床報告とは

臨床報告とは、一つ一つの病態をどのように分析し、診断を下し、そのもとに、どのような治療を施し、その経過を示し、どのような結果になったかという報告です。

様々な分野の臨床報告を残すことによって、後世の臨床家の手引き・参考としてほしいと願っています。

治療家であれば、どのように治療して良いかという悩みは、誰しも同じようなところに行きつきます。難しい疾患になる程、どうしたらよいのか分からないことも多く、悩みも多くなります。鍼灸が医学として発展するためには、臨床家や、これから臨床を目指す鍼灸師が、このような壁に当たった時、本当に参考になる手引きがほしいと思うのは誰しもです。

私は中医学弁証を学び、中国の大学院で学んでいる勉強を学ぶ機会を得ました。中国の臨床例の多さは、日本と比べるととてつもなく多くあり、その臨床例が私の成長に大きく繋がりました。残念ながら日本には、参考となる臨床報告がほとんどなされていないのが現状です。

患者様の協力を得て臨床報告をあげていきますので、後世の臨床家たちの参考となれば幸いです。

大阪府豊中市在住 女性S.K.さん 年齢91歳

患者様
大阪府豊中市在住 女性S.K.さん 年齢91歳

主訴

心臓がバクバクして目が覚める。
頭がふっとして倒れそうになる。
左側の頭の中がからっぽになる。

随伴症状

・首、肩の凝り
・手足の冷え

現病歴

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二年ほど前、白内障の進行を遅らせる目薬をさした後頃から、体調が徐々に悪くなった。

平成26年6月、朝の3時半に、心臓の音が高くなり、鼓動も早くなって心臓がバクバクする感じで、目が覚めた。30分ほどでおさまったが、その後も1時間毎に合計3回起こった。寝ていることができず、座って前屈みで布団にもたれているとおさまるので、そうしていた。

翌日、内科を受診。薬を服用するも、頻繁に起こるようになった。内科より、本年11月、心電図の異常が発見され、国立循環器病センターを紹介され、三日間検査入院をした。結果は心臓には異常なしで、心配ないと言われ返された。

しかしその後も毎日バクバクという発作が一ヶ月ほど続いている。庭で散歩中、頭がふっとして一瞬意識がなくなったような感じになり、転倒し頭部を打撲し、そのときの挫傷で出血し、二針縫った。その後、ふーっとすることが多くなり、血液が巡っている感覚がなくなった。左の頭の中が常に空っぽになったような感覚が続き、考えることができないので、心が不安でいっぱいである。インターネットで娘さんが当院を見て行くように言われ、来院された。

現象

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口調がしっかりしているが、全体的に疲労感を感じる。首、肩、背中がガチガチに凝っている。手足が冷たく、顔色が普通より赤みを帯びている。右足が左足よりもかなり太く、右側重心になっている。右腰が硬い。
うつぶせに寝て、左右の足の長さを比べると、右側が1㎝ほど短く、お腹がやや出て、腰が少し前傾している。まっすぐ立つと右肩に比べて左肩が3㎝ほど下がっている。

舌脈診

舌診

紅赤色が濃く、舌尖が特に赤焦げ茶になっている。舌がやや硬くしまって、動きに滑らかさを欠く。舌の裏に静脈の怒張が見られる。

脈診

78 / 分
脈管が細く、緊張している脈である。(緊脈)
根本的には安定した脈であるが、時々脈の幅が乱れる。(渋脈)

発作の原因の分析

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現代医学的な精密な検査結果で異常なしと診断されていることから、心臓の発作は、器質的なものではなく、機能的なものであると考えることができる。脈診よりかなりストレスが続いていることが想像できる。

ストレスが続くと、舌の色の赤色が濃くなり、特に舌先が赤くなる。焦げ茶になっていることから、じりじりとしたストレスが長く続いていることが想定できる。そのため、舌がやや硬くしまり、血液が煮詰められたと考えられる。
舌の膨らみや水分の状態がよく、年齢よりはかなり若く、75歳ぐらいの舌である。

脈診より、緊脈は緊張を表し、渋脈は血液の流れが悪いことを示す。末梢への血行が障害されていると考えられる。これはストレスが続いたため、血管が緊張し、脈状がやや乱れていることを示す。顔色が赤いのは、体内の熱が身体の上部、すなわち頭にのぼっていることを示す。(血熱があることを示す。)

手足が冷え、顔が赤く、熱いのは上熱下寒の症状である。上熱下寒になると、重心が上がり、ふわっとすることが起こりやすい。左側の頭が空っぽになるのは、気血が巡っていないからである。

転倒したことが原因となっている可能性もあるが、精神的な要素も身体の気・血・水を巡らす内臓の諸器官の働きの生理的な失調も否定できない。

治療方針

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心臓がバクバクするのは、機能的なものであるとすれば、血液循環の障害で起こると考える。それが機能的なものであるとすれば、血流の流れを改善し、手足や頭の中まで血液の循環がよくなるようにすることが第一の目標である。

そのために、精神的なストレス及び肉体的な疲労を取り除く。まずは肉体的な疲労を取ることから始める。首、肩、背中、腰、手足、全身の緊張を取ることで疲労の回復を図る。血液の流れの改善に繋がる。

年齢を考えて、まず心臓に一番遠い足から始め、次に手のツボを使って内臓の働きや血液の流れを改善する。ツボにはストレスを解消し、血液を巡らす働きのあるツボも手足に集中している。両足の甲にある5つの指先のツボでストレスの解消と血液循環を促進することができる。両手のツボも同様である。

それらのツボは肝臓や心臓、腎臓、膵臓、肺や胃腸などの五臓六腑にも繋がっている。それらのツボによって内臓諸器官の生理作用の失調を改善させる。総合的な作用で、心臓の働きを高め、血液循環の改善を図る。

当院での治療

第1日目

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足のツボを押すと、腰や首、肩、頭部に刺激が起こることを訴える。非常に感受性の高い方で、経穴に対する感度が並外れて高い。足背で首のツボを押すと首に、腰のツボを押すと腰に、頭部のツボを押すと頭部にシグナルが伝わることを訴えた。

「ああ、そこは気持ちがいい」とか「今度は肩にきいている」とか「首にきいている」とか「腰にきいている」とか、押される度に「そこが気持ちがいい」とか「そこ、そこ」とか言われた。足背の後、下腿部のツボを押し、その後手の経穴を押さえた。これで十分効果があると思ったので、腰と肩のツボを軽く短い時間で触れて治療を終えた。

治療後は気持ちいい疲労感が広がって、このままベッドで寝させてくれと言われた。「ああ、気持ちがいい」と言われながら、本人が自分から起きたのは1時間後であった。「翌日はよく寝れました」と言われました。

第2日目

同様の治療を行った。経穴を押して本人が示す感受性反応は同じように高く、首や肩、腰に効いた。初回よりもさらに高い感受反応を得られた。

第3日目

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右脚の足三里のツボを押すと、頭の左半分に血液が流れてきた、と言われました。気血を巡らすツボ、体内に残留した水分を代謝するツボを押した。五臓六腑のツボを使って内臓諸器官の働きを高めるように心がけた。頭の中が空っぽだったのが、満たされていくと言われた。

今日も1時間この心地よい感覚をもっと味わいたいからベッドの上でこのままいさせてくれと言って、1時間後に帰られた。翌日少し楽になりました、と述べられた。

第4日目

同様の治療を行った。経穴を押して、本人の示す感受性の反応が強いことを利用して、本人の感覚を満たすツボを長く押さえた。逆に、今押されているツボはどこに効くのですか、と質問されるようになった。腰と頭部です、などと答えると同じ反応が起こることを確認されていた。

第5日目

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これまで経穴を押すと高い感受性反応を示していたが、どの経穴を押してもあまり反応がなく、時々「ああ、気持ちいい」と言われた。身体がだいぶ回復してきていることを認識することができた。頭の中に血液が流れて、気持ちよく、そしてその事にとても満たされているようだった。

次の治療で睡眠時間の短縮と、現在家の中で一千歩歩いているそうなのでそれを続けることと、娘さんの促しに応じて、庭の外に出て気分転換をはかるように提案した。5回目の治療でかなり身体の回復が見られたので、それが心臓の発作の改善に繋がるようにこれから治療を繋げていきたい。

第6日目

いつもの治療に加え、骨盤の矯正を行った。骨盤が整えば、上半身の捻れが取れ、それから来る血流改善や神経圧迫が取り除かれる。

第7日目

娘さんに誘われてあれほどいやがっていた外出だが、午後の暖かい時間に1時間ほど散歩に出るようになられた。全身に少し疲れが見られたので、やわらかく全身をほぐすことにした。疲れをとって、散歩が続けられるようにしたい。

第8日目

散歩が続いているらしい。散歩が続けられるよう、全身の疲れを取り除く事にする。そして、気血が巡り、精神的リラックスが得られるよう治療を施す。五臓六腑の内臓諸器官の生理機能を調整する。

第9日目

今日は畑仕事を少しして、肩が凝ったそうだ。全身を調整したのち、首肩の凝りを取り除く。

第10日目

散歩や家の中の用事ができるようになってきた。発作ゼロを目指して細かい調整に入る。

第11日目

発作がゼロになったら、自然回復力をさらに引き出すために、ヨガの呼吸法をお教えしたい。今日もベストコンディションになるよう、調整する。

第12日目

心臓のバクバクが完全に無くなり、ここ3日間は全然起こっていません。
心臓のバクバクが治ったことが何より嬉しいです。

経過

第1日目

よく眠れた。発作は同じように起こった。

第2日目

身体が楽なような気がします、発作は治るのでしょうか、と言われた。身体の中の血流の改善を行いましょう、と。そして首や肩の凝りや疲れを取っていきましょう、と答えた。

第3日目

身体がだいぶ楽になった。しかし発作は同じように起こった。

第4日目

翌日は身体がほかほかして、手足が温かかったと述べられた。頭の中が半分満たされました、と言われた。発作の回数は変わらないけれど、心臓の音が低くなったのと、回復の時間が短くなった。回復に30分かかっていたのが、10分ぐらいになった。

第5日目

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頭が空っぽが入ってきたと言われた。随分頭が楽になった。身体も大変楽になった。夜10時半に寝て、朝9時に心臓の発作で起きた。1回しか起こらなかった。心臓の突き上げの動きがきつく、寝てることはできなかった。10時半に寝て7時半に起きるように提案した。1時間半のノンレム睡眠6回分で十分と判断したためである。

第6日目

身体が随分楽になりました、そして、頭の中が空っぽだったのが全部入ってきました、と仰られた。心臓の発作は7時頃起こったので、それ以前に起きるようにしたいと言われた。

第7日目

発作の時間が半分以下になった。鼓動も小さくなって、起きて座位にならなくなった。

第8日目

発作の時間は10分ほどで、3分の1になった。ずいぶん楽になった。

第9日目

1時間散歩、家の中で3000歩歩いた。ごそごそ用事ができるようになってきた。当院に来院した日は発作が起こらない。今日も発作は軽かった。

第10日目

身体がずいぶん軽くなってきたそうだ。軽い発作がまだわずかに残存するが、あまり気にならなくなってきたようだ。

第11日目

ヨガの呼吸法に興味を示された。ヨガの呼吸法を娘さんと一緒にやってみたいという。娘さんの献身的な介護には頭が下がる。

私の考え方

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検査で異常がなくても、症状はこのように発生する。しかし、検査で異常なしと言われると本人にはどうすることもできない。戸惑いと不安が漂う。だから、検査で異常がなくても、このような発作が起こることがあることをまずご説明しました。

そして身体の疲れをとり、内臓諸器官の働きを高めれば、改善の可能性があることもご説明しました。このような治療の場合、本人の持つ自然回復力を最大限に引き出すことにあります。精神的なストレスを取り除くことが一番大切ですが、そのためには身体が楽になることがその条件となります。

身体が楽になれば、精神的にもストレスの負担が軽減されます。また、本人に自ら自然回復能力を高めることをご提案し、本人自らやっていくことが重要であることをご説明しました。歩くことや庭に出て気分転換をはかることもその1つです。病気の不安を取り除き、希望を持たせることはこちら側の使命です。

60歳代の娘さんとの2人暮らしで、娘さんといつも一緒に来られるが、娘さんの献身的な看護を見ていると、とても幸せな方だと思いました。今後出来るだけ長く健康で、人の手助けがなくても生活を続けれるように、お手伝いしていきたいと考えています。