患者様の病態分析

臨床報告とは

臨床報告とは、一つ一つの病態をどのように分析し、診断を下し、そのもとに、どのような治療を施し、その経過を示し、どのような結果になったかという報告です。

様々な分野の臨床報告を残すことによって、後世の臨床家の手引き・参考としてほしいと願っています。

治療家であれば、どのように治療して良いかという悩みは、誰しも同じようなところに行きつきます。難しい疾患になる程、どうしたらよいのか分からないことも多く、悩みも多くなります。鍼灸が医学として発展するためには、臨床家や、これから臨床を目指す鍼灸師が、このような壁に当たった時、本当に参考になる手引きがほしいと思うのは誰しもです。

私は中医学弁証を学び、中国の大学院で学んでいる勉強を学ぶ機会を得ました。中国の臨床例の多さは、日本と比べるととてつもなく多くあり、その臨床例が私の成長に大きく繋がりました。残念ながら日本には、参考となる臨床報告がほとんどなされていないのが現状です。

患者様の協力を得て臨床報告をあげていきますので、後世の臨床家たちの参考となれば幸いです。

階段を降りる時、右膝に激痛が走る 血糖値が高く、A1Cが7.6

初診

初診  2018年 6月 13日
71歳  男性

A1Cが7.6で血糖値が高く、運動療法のために早く歩きたいが、普通に歩いても膝が痛く、階段に降りる時に右膝に激痛が走るので、とにかくはやく膝を治したい。

主訴

  • 右膝の疼痛
  • 血糖値が高い(A1Cが7.6)

診断名

  • 右膝蓋骨軟骨症
  • 右膝関節症(半月板損傷による)

随伴症状

  • 右脹ら脛がつる
  • 右大腿の全面及び外側の疼痛
  • 腰の疼痛

現病歴

kansetsutsuu_hiza数年前(5,6年)、ずっとしゃがんで屋根瓦を修理していて、立ち上がったら足が痺れていたので、思いっきり足を振りました。歩こうとすると、膝の関節が固まって、足が前に出せなくなりました。しゃがんだり立ったりしているうちに、どうにか足が前に出せるようになりました。

以来、普通に歩きづらくなってしまい、整骨院に通院いたしました。大分ましになっていたのですが、6ヶ月前、トラックから荷物(20kgくらい)を降ろそうとした時、膝の力が抜けてガクンとなりました。

整形外科に行って、レントゲン(単純X線)を撮ってもらいました。左の関節の幅が少し狭く、半月板が損傷しているためという診断でした。

その後、整骨院にずっと通っていますが、階段を降りる時右膝に激痛が走ります。更に、右膝を床につくことができません。体重が少しでもかかると、膝に激痛が走ります。

グアムにゴルフ旅行に1週間ほど行きました。そこで少し気が緩んでビールを沢山(25本ほど)飲んでしまいました。以前より血糖値が高く、食事と運動療法でA1Cが6.7になり、正常範囲にまで回復していました。

ところが、グラムから帰った後、再び血糖値が上がり、A1Cが7.6まで上がってしまいました。内科医からは、糖尿病の薬を飲むように言われました。

しかし、薬は飲みたくありませんでした。1度飲むと頼ってしまって、一生飲むことになるからです。

kazoku_kaigi家族と相談する家族会議を開きました。

家族の意見の結論は、食事療法は家族全員が協力するから、もう一度血糖値A1Cが正常になるように、挑戦してくださいという事でした。家族全員の協力を取り付けましたが、運動療法が必要です。私は歩くのが好きで、前回血糖値が上がった時も、よく歩いて、運動して治したのですが、このように膝が痛くなってから、運動療法として歩くのも、休んでいたのです。結果このように、血糖値が戻ってしまったのだと思います。

運動療法で一生懸命歩いて、血糖値を下げるために、とにかく歩けるようになりたいのです。この膝を治してもらうために、ネットでいろいろ調べて、当院の事を知りました。現状を打開するためには、当院の鍼で治してもらうしかないと思い、来院いたしました。

現象

現代医学的な方法による病態の把握と、
中医学基礎理論を用いる中医学弁証による全身状態の把握

現代医学的な把握
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  • 現病歴より、膝のロッキングと膝崩れ現象がみられるので、半月板の損傷が疑われる
  • ~徒手検査~
    マックマレーテスト

  • 最大屈曲時における外旋または内旋テストが可能であった
  • 最大屈曲より伸展させながら外旋・内旋させたが、疼痛の訴えはなく、クリックも触知できなかった。
  • 以上の結果、半月板損傷は存在するも、程度は予想より軽度な範囲であるのではないかと判断する。
  • ~触診による検査~

  • 大腿部で最も緊張や疼痛が見られたのは、右大腿筋膜張筋から腸脛靱帯にかけてであり、激しい圧痛を認める
  • 大腿四頭筋では外側広筋に最も著しい圧痛が認められた
  • 膝関節(膝蓋骨)に近い大腿の筋群には、大腿四頭筋のすべてに短縮が認められた
  • ~膝蓋骨軟骨症の検査~
    膝蓋骨圧迫テスト

  • 膝蓋骨を押圧すると、膝蓋骨の裏面に痛みが起こり、大腿前面の筋肉がピクピクと反応する(膝蓋骨軟骨症を引き起こしていると判断できる)
  • ~大腿裏面の筋群~
    触診による圧痛および筋肉の緊張度の検査

  • 大腿二頭筋及び腓腹筋(ヒラメ筋、後脛骨筋、長趾屈筋 長母指屈筋)に強い筋緊張を認める

中医学による病態の把握
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    ~舌診~

  • 舌体、動きは正常。舌下静脈の怒張、著明。
  • 舌色、淡紅舌
  • 舌苔、薄白苔、やや膩
  • tongue out

    ~脈診~

  • 毎分78、滑脈
  • ~気血津液弁証~

  • 瘀血証
    かなり重度な血流障害が疑われる。
  • 痰湿証
    軽度な痰湿が内停している。

方解

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運動療法を休んだために、体重が増加し、下肢の筋群に体重の重圧がかかり、それらの筋肉に緊張短縮が引き起こり、筋力低下を引き起こした。その結果、膝関節に負担がかかることになった。

  • 大腿前面部の大腿四頭筋さらに外側部の大腿筋膜張筋・腸脛靱帯
  • ・大腿後面のハムストリングスとくに大腿二頭筋が緊張し、太股を挙げ下腿部を曲げる動きがしにくくなった。

  • 下腿部の前面の前脛骨筋・下腿部の後面の腓腹筋・ヒラメ筋・長母指屈筋も緊張し、足関節の底屈・背屈の動きが悪化した。
  • 大腿直筋の緊張短縮は、膝蓋骨に重圧がかかり、膝蓋骨の裏面と大腿骨が擦れ合って、膝蓋骨の裏面に炎症を引き起こし、膝蓋骨軟骨症をもたらした。
  • さらに、運動不足の上に普通以上に食事を摂ったので、体重が増加し、内湿をため、体内水分が停滞し血流が悪化し、筋肉が粘土のようになり、弾力を失い筋力低下を引き起こし、膝関節へ重圧がかかるようになった。
    ~階段を降りる時に、膝に激しい痛みが出るのは、大腿および下腿部後面の筋群の強烈な筋緊張・短縮のためであり、膝をつくと痛いのは、膝蓋骨軟骨症のためと判断する~

    治療方針

    ~全身的な視点から診た鍼灸治療~

  • 瘀血証および痰湿証を改善させる。そのことによって、血流の改善と筋肉の弾力を回復させる。
  • 健脾・健胃を行い、気・血・水を生化させ、体内水分の代謝を促進させる。
  • 全身的な水分代謝や血流を改善させ、体内の邪を取り除く。併行して、脾・胃の生理機能を改善させ、自然回復力を高めてゆく。
    そのことにより、血糖値(A1C)を低下させる。
    同時に、緊張を短縮した筋群の弾力を回復させ、関節への負担を軽減させる。

    ~対処的な視点から診た鍼灸治療~

    現代医学的な病態把握で、認められた筋群の筋緊張をひとつひとつ丁寧に浅部から深部まで取り除き、関節の正常な部分を取り戻し、膝の疼痛を改善させる。
    長距離・長時間の歩行である運動療法が行えるようにし、血糖値(A1C)を正常値まで下げる。

    治療経過

    患者様のお声をそのまま記します

    第1回目の治療

    痛みの強さに変化はありますか?
    変化なし

    第2回目の治療

    痛みの強さに変化はありますか?
    大分楽になった気がします。

    第3回目の治療

    痛みの強さに変化はありますか?
    大分楽になっています。

    第4回目の治療

    痛みの強さに変化はありますか?
    家の中で普通に歩けます。
    膝をついても、クッションがあればいたくありません。

    第5回目の治療

    痛みの強さに変化はありますか?
    外に散歩に行けるようになりました。
    膝をついても、いたくありません。
    深く曲げると少しじーんとします。

    第6回目の治療

    痛みの強さに変化はありますか?
    散歩の距離が伸びてきました。大分長い距離を歩きましたが、痛みはありませんでした。

    私見

    ~食事療法は、家族の全面協力~

    bensyou
    家族から食事療法を全面協力するので、もう一度、運動療法して健康を取り戻して下さい、と言われたそうである。
    食事療法は一人でするのは難しい、しかし健康なものにとっては少しもの足りない食事になり、我慢を強いられるかもしれない。
    なのに、家族からの申し出であり、健康を取り戻してほしいとの懇願である。大きな家族愛を得られるということは、ご本人は家族にとって大切な存在であるということである。
    このファミリーの健康と幸福のための仕事が与えられたということは、私にはとても光栄であり嬉しいことである。

    鍼灸が健康回復のための大きな力になることを、一人でも多くの人に知って頂けたらと願っている。

    ~糖尿病に期待できる鍼灸の効果~

    糖尿病の予備軍の方は、食事を食べ過ぎる、お酒を飲みすぎる傾向にあり、これは日頃のストレスから来るものと考えられている。鍼灸治療を施すことで、気血(特に肝気)の流れを整える事で、イライラや不安、葛藤などのストレスを和らげる効果が期待できる。そのことによって、安眠が期待でき、体調や気分が良くなり、食事の量を自らコントロールできるようになる。この意識が高まることで、食べる量が減りますから、結果として血糖値を安定させることが期待でき、日常の体調も整えることが期待できる。

    鍼灸は、自然回復力を引きだし免疫力を高めることが特徴です。
    そして、なによりも病気の回復にとって、忘れてはならないいちばん大切なことは、医療の力ではなく、ご本人の持つ回復力を最大限に高める事である。医は自然の下僕なのである。

    公開日:2018年7月3日 更新日:2018年11月5日 ©