患者様の病態分析

臨床報告とは

臨床報告とは、一つ一つの病態をどのように分析し、診断を下し、そのもとに、どのような治療を施し、その経過を示し、どのような結果になったかという報告です。

様々な分野の臨床報告を残すことによって、後世の臨床家の手引き・参考としてほしいと願っています。

治療家であれば、どのように治療して良いかという悩みは、誰しも同じようなところに行きつきます。難しい疾患になる程、どうしたらよいのか分からないことも多く、悩みも多くなります。鍼灸が医学として発展するためには、臨床家や、これから臨床を目指す鍼灸師が、このような壁に当たった時、本当に参考になる手引きがほしいと思うのは誰しもです。

私は中医学弁証を学び、中国の大学院で学んでいる勉強を学ぶ機会を得ました。中国の臨床例の多さは、日本と比べるととてつもなく多くあり、その臨床例が私の成長に大きく繋がりました。残念ながら日本には、参考となる臨床報告がほとんどなされていないのが現状です。

患者様の協力を得て臨床報告をあげていきますので、後世の臨床家たちの参考となれば幸いです。

顎関節症を疑って来院した症例 T.Tさん 27歳 女性

主訴

左顎が鳴り(音が出る)出したら、目眩、ふらつきが起こる。

随伴症状

〇自律神経のバランスが悪く、気持ちが不安定。
〇5日に1回くらい、頭痛がよく起こる。気圧の変化や寝過ぎたら痛むことが多い。
〇ストレスがあったら夜眠れない
〇便秘気味で、下剤を飲まないと便が出ない。便が鹿の糞のようになり、5日くらいでないことがある

現病歴

gakukansetsu16歳の頃から、口を開けたら左顎が鳴り(音がする)ます。機械的な音で、メシメシとかシャリシャリという音です。数ヵ月前より、顎が鳴り始めたら目眩、ふらつき感が起こります。

自律神経が弱く、感情が不安定です。頭痛は5日に1回くらい起こり、気圧の変化や寝過ぎて痛むことが多いです。仕事でストレスがかかると、夜なかなか眠れません。便秘気味で5日くらい出ないときがあり、下剤を時々服用しています。便が鹿の糞のように、小さく固まります。

数ヵ月前から整体に月2、3回通っていますが、顎が鳴り始めたら、目眩とふらつき感が必ず起こります。整体に行っても、最近は7日か10日くらいしかもたなくなりました。これ以上悪くなったら困るので、ネットで調べて、当院の事を知り、来院しました。

顔の歪みもとても気になっています。特に左右の眉の高さや目頭の位置です。

病態分析

自律神経のバランスが少し崩れているようです。交感神経が過剰に働いています。ストレスが長く体内に停滞すると、肝の経絡の鬱滞を引き起こします。

感情には憂いや悲しみ、不安など色々つきまといますが、肝の経絡の気の流れを鬱滞させるのは、怒りの感情が一番大きく影響します。そして肝気の停滞が長く続くと、体内を巡る肝の経絡に熱をもたらし、長期化すると熱が火となり、肝の経絡を通して燃え上がるのです。

肝の経絡は頭頂までつながっているので、火が頭部に燃え上がり、風が発生すると、目眩やふらつきを引き起こします。

(中医学の国際用語で分析すると、以下のようになります。)
肝気が鬱滞し、長期化し、肝欝化火し、肝火が上炎し、身体内に過剰に風がふいています。そのため目眩やふらつきが起こっています。

bd8b2309a442ce9620a14e960a70f636_m自然界と同じで、体内で風が強くなりすぎると、風の現象である「揺れる」という症状が出ます。体内にも湿気や乾燥、熱気や寒気が存在します。陽性体質とか陰性体質とかいいますね。暑がりとか寒がり、冷え症とも表現されます。それらは体内で起こる自然現象の反映で起こる症状です。

肝気の鬱滞は、ストレスを上手く緩和できないことから起こります。自律神経のバランスもストレスによって崩れることが多いです。眠れないのも、肝火の性です。

便秘になっているのは、肝気犯胃で肝の生理機能である疏泄が失調しているためです。本来なら肝は胃の働きを助けるのですが、肝気が鬱滞している(ストレスが溜まっている)ために、胃に横暴をはたらいているのです。そのため、便が熱を持ち、乾燥し、コロコロに固まって、便が出にくくなっているのです。

顎が鳴るのは、咀嚼筋が過剰に緊張しているからです。首・肩がこると、自然に顎にも力が入り、咀嚼筋が緊張して、短縮し、口を大きく開けるだけの筋肉の弾力がなくなり、音がしています。10年前から起こっているので、筋肉が短縮しても痛みはなく、麻痺状態となっています。

以上、中医学的(東洋医学)分析を含めて、原因を解きほぐしました。東洋医学は心理的な状態が身体の生理機能にどのように影響し、どのような症状が出るのかを中国4000年の歴史の中で、とても詳しく解明しています。治療法も確立しています。

鍼灸が精神的影響の大きい頭痛や目眩、便秘、胃腸障害、自律神経の失調などに著効を示すのは、病態の分析と治療方法が確立されているからです。

治療方針

illust4238肝火を鎮め、肝風を排除し、肝気の流れをスムースにし、ストレスの解消に努めます。副交感神経を優位に引きだし、交感神経とのバランスを5分5分に整えて、だんだん熟睡できるようにしていきます。

交感神経と副交感神経の力関係は、拮抗しているのが一番よいのです。どちらかが過剰に働くと、一方が鎮めるというように、シーソーのようにバランスを取ることが必要です。
身体の中の三宝である気・血・水の働きをスムースにし、適応力の高い心身の状態にもっていきます。

肝気がスムースに流れると、便秘は改善されます。更に、水の流れがスムースになると、腸の中にも必要な水分がたまり、腸内の過剰な熱も抑制されます。それぞれの作用に最も得意なツボを十穴ほど取穴し、仰臥位で置針し、五臓六腑の生理機能を整え、上記の状態の改善を行います。

同時に短縮した咀嚼筋(咬筋、内側・外側翼突筋、側頭筋)をゆるめていきます。鍼は一穴一穴丁寧にうった後、置針します。腹臥位で背中、肩・首の筋肉をゆるめ、身体の緊張を取ることで精神的なリラックスを図ります。

治療経過

1回目の治療

1回目の治療でここ2週間は、身体がとても楽だったそうです。様々な症状が改善し、顎も鳴っていないので、目眩やふらつき感も起こっていませんということでした。

2回目の治療

少なくとも1週間に1度の治療が、4~5回必要だと思科しておりましたが、経過が良かったので、また遠方なので、2週間毎で経過をみることにしました。

私見

MG_1091自律神経のバランスをくずして、頭痛や肩こり、目眩、不眠や不安などの不安定な感情や様々な不定愁訴に悩まされる方を多く見かけます。これらは単に薬を飲めばいいということではなく、原因をさまざまな角度から分析し、どうして現在の症状が起こっているのかを認識する必要があります。

自律神経失調症は命にかかわる病気ではないかもしれませんが、現代医学でもなかなか改善されない病態です。疾病の発症は日常生活の生活習慣が大きく影響しています。

食生活、感情や精神状態、動作や身体の使い方、呼吸のリズム、すべてが影響します。精神活動も身体の生理機能の働きも同じ血液を使っています。ですから、身体だけ、心だけ、どちらか一方を治せばよいというものではなく、どちらも一緒に治していく必要があるのです。

心が身体に与える影響は、脳内の伝達物質や内分泌系や自律神経系を通して、密接に関係していることが解明され、多くの論文が発表されています。適切な鍼灸治療は心と身体のどちらにも働き、優れた効果を発揮します。鍼灸治療には、心も身体もどちらも癒す効果があるのです。忙しい現代人ほど精神を病みがちですので、鍼灸治療が向いているわけです。

鍼治療は、痛みはほとんどなく、むしろ大方の方が眠ってしまいます。治療後は癒され感がほどよくあり、とてもリラックスします。本場中国からアメリカに鍼灸治療が拡がっています。

2798331c6d068db57b47a6ff62ad22ed_m1970年にニクソン大統領が中国に訪問したとき、針麻酔による脳切開手術をみて、その凄さに感銘を受けました。その後、アメリカに鍼灸大学を作り、本格的に鍼灸医学を行うようになりました。今では世界一鍼灸の治療論文が多いのは、アメリカ合衆国だそうです。鍼灸の発祥の地、中国を抜いているそうです。

中国の鍼灸の現代医学的分析の第一人者である郭義先生が来られ、そのように言われていました。たくさんの論文発表のDVDもみさせていただき、私も驚きました。

アメリカでは鍼灸の資格は、鍼灸師ではなく、鍼灸医師なのです。歴史はまだ約半世紀しかありません。しかし、レベルを上げて、最初から鍼灸大学を作り、医師としてスタートさせたので、より早くレベルが上がってきているということでしょうか…?私も負けないように、世界に出て論文を発表し、勉強を重ねていきたいと思います。