患者様の病態分析

臨床報告とは

臨床報告とは、一つ一つの病態をどのように分析し、診断を下し、そのもとに、どのような治療を施し、その経過を示し、どのような結果になったかという報告です。

様々な分野の臨床報告を残すことによって、後世の臨床家の手引き・参考としてほしいと願っています。

治療家であれば、どのように治療して良いかという悩みは、誰しも同じようなところに行きつきます。難しい疾患になる程、どうしたらよいのか分からないことも多く、悩みも多くなります。鍼灸が医学として発展するためには、臨床家や、これから臨床を目指す鍼灸師が、このような壁に当たった時、本当に参考になる手引きがほしいと思うのは誰しもです。

私は中医学弁証を学び、中国の大学院で学んでいる勉強を学ぶ機会を得ました。中国の臨床例の多さは、日本と比べるととてつもなく多くあり、その臨床例が私の成長に大きく繋がりました。残念ながら日本には、参考となる臨床報告がほとんどなされていないのが現状です。

患者様の協力を得て臨床報告をあげていきますので、後世の臨床家たちの参考となれば幸いです。

上腕骨内側上顆炎(左肘関節の痛み) – 男性 Y.N さん 年齢43歳

患者様
大阪府豊中市在住 男性 Y.N さん 年齢43歳

主訴

上腕骨内側上顆炎(左肘関節の痛み)

随伴症状

10年来の不眠
首の凝り

現病歴

kansetsutsuu_hiji約一年半前、数十キロの重い荷物を、肘が伸びた状態で前方に押して動かそうとしたときに、肘が伸びきってしまい負傷しました。

整形外科では上腕骨内側上顆炎と診断されました。治療は肘にステロイド注射を打ち、後は湿布を貼るだけの治療だったので、その時だけは改善するのですが、すぐまた痛みが再発しました。

色んな病院の整形外科を受診しましたが、何の治療の手段も見つからないまま、日増しに肘の痛みや、状態が悪化していきました。

その後、仕事や日常生活全般に支障が出てきました。特に、荷物を持とうとすると肘の内側にかなりの激痛が起こります。また、手の平を握ったり、開いたりしたときにもかなりの痛みが伴い、肘を使った全ての動作に痛みがあります。

肘を曲げた状態で手の平を開くと、肘の内側、骨の上に飛び上がるほどの激痛が走ります。肘の内側をかばいながら仕事をしていると、肘の外側も痛くなってきました。

起床時は肘をすぐに曲げることも伸ばすこともできず、手の平を握ったり開いたりするのがとても苦痛です。

何とかして肘を治療してもらいたいと思って、インターネットで調べ、ここが最後の砦だと思って来院しました。

運送の仕事を始めて13年になりますが、夜遅くや夜中に走ることも多いので、生活が不規則となり、13年来の不眠です。毎日3時間程寝ればよく、1時間半で目が覚めることもよくあります。もう慣れてしまって体はそれほどしんどくありませんが、眠ったという感覚は全然ありません。

会社と掛け合い、三週間仕事を早く終えて、治療に毎日来ることの了承を取り付け、何としても治すつもりで来院しました。

現象(写真、矯正)

〇上腕骨内側上顆に限局性圧痛を認める。
〇自発痛もあるが、指で押さえると飛び上がるほど痛い。
〇前腕の外側部の筋群にも押さえると飛び上がるほどの痛みがあり、橈骨頭に強い限局性の圧痛を認める。
〇上腕部内側部の筋群の短縮・萎縮。
〇肘を90度屈曲し、手の平を握ると、上腕骨内側上顆に激しい痛みが起こる。
さらに手の平を伸ばすと、それ以上の激痛とも言える痛みが起こる。

原因の分析

重い荷物を動かそうとして、前腕が過伸展されたために、靱帯が伸ばされて、肘関節の内側上顆炎を引き起こした。小指側の屈筋が過伸展され、靱帯が生理的可動範囲以上に伸ばされて、靱帯の付着部である上腕骨内側上顆に炎症を引き起こしたものである。

過伸展により靱帯が伸ばされているので、本来、前腕を軽度屈曲させ、固定が必要であった。安静のみで固定がなかったために、靱帯が伸ばされたまま、いったん痛みがおさまってしまった。負傷後二週間以上になると、たとえ固定したとしても自らの力で再修復は起こらない。靱帯が伸ばされて負傷した状態のままとなる。

いずれにしても、当ケースの場合は3,4週間は安静(固定)が必要な期間に無理な力がかかったと想定でき、陳旧性の捻挫となったものである。

肘をガードするために、前腕の内側の屈筋腱が短縮・萎縮した。十分な力を発揮できない状態で何度も負荷がかかることとなり、外側の伸筋腱にも負担がかかり筋肉が萎縮し、筋肉や骨に強い力がかかり、外側部の橈骨頭にも炎症を引き起こした。

さらに上腕部の内側の筋の短縮も起こり、上腕骨内側上顆の炎症を何度も繰り返し、肘関節の痛みは慢性化し、一年半の長期間に渡った。

治療方針

内側、外側ともに骨に強い炎症を認める。特に内側上顆の炎症は激しい。骨の炎症を取るためには、筋肉の短縮・萎縮を取り除き、骨への負担を軽減する必要がある。同時に骨の周囲の炎症を直接的に取り除く治療が必要だ。

鍼灸の特効の一つとして、骨の炎症を取り除く作用がある。その力を利用して、骨の周りを細い鍼で囲み、骨の炎症、痛みを取り除く。内側部の強烈な屈筋腱の短縮・萎縮を取り除くことに最も力を注ぐ。

前腕の外側部の筋群及び上腕の内側部の筋の短縮・萎縮も取り除く。前腕外側部の骨の炎症も内側部の骨の炎症と同様に力を注ぐ。肘を屈曲し、手の平を伸ばす行為が、上腕骨内側上顆の骨に最も激しい痛みが起こる。

導通鍼を行いながら、前腕直角位で鍼を丁寧に一鍼一鍼打ち、手の平を開かせながら、その痛みを軽減させる。筋膜の炎症、筋肉の短縮を改善させる著効を持つのは、鍼灸の最も大きな効用の一つである。

鍼灸の効果は、局所の筋の緊張・萎縮を取り除く著効を持っている。鍼灸師の腕次第でその効果は天と地の差ほどある。これまで、最高の手技を目指して培ってきた鍼灸技術を駆使して改善を図る。

筋肉の短縮・萎縮を改善させ、肘関節の内外の骨の痛みを取り除くことが私の使命である。

さらに、この肘関節の痛みは、頸椎の異常から来ている可能性も否定できない。胸郭出口症候群も併発している可能性が高い。肘の角度によって痛みが激しく増減する。捻挫だけではこの症状は考えにくい。胸郭出口症候群を示す手技テストであるライトテストが陽性になる。頸椎部、胸郭部、上腕、背部とかなり大がかりになるが、同時に、胸郭出口症候群の治療を併用する。

リハビリにも対応する

陳旧性の捻挫を伴い、負傷後一年半も経過している。靱帯は伸びきったままになっている可能性があるので、痛みを止めることができたとしても、仕事で使おうと思えば、そこから筋力をアップするというリハビリが必要となる可能性も高い。

当クライアントは以前に膝を負傷したことがあるらしく、そのときも数ヶ月のリハビリに根気よく向き合ったと言っている。完全治癒を目指して治療に取り組みたい。

以上、治療期間は痛みを取り除くのに45日~60日、もし痛みが治ってもそこからリハビリが必要になる可能性も高いことを告げた。意欲的に治療を受けたいという気持ちに応えて、治療をはじめる。

痛みの治療と同時に不眠の治療も並行する。なぜなら睡眠は一番の疲労回復効果を持つ。成長ホルモン、すなわち修復ホルモンは夜の12時がピークで午前2時までである。睡眠をその時刻にあわせて取るようにし、筋の修復を図る。

当院に来るために会社と交渉し、仕事を早退して治療に専念しようとしている。日々最善の治療を以て応えていきたい。

経過

○二回目の治療後に劇的に上腕骨内側上顆の骨の炎症が改善した。指で押さえても痛くなくなった。本人の感覚では以下のようなものであった。

治療前

「朝目覚めると肘の痛みが強すぎてすぐには腕を動かせず、痛みを我慢しながら無理に腕の曲げ伸ばしをしていたが、治療後の翌朝はあまり痛みを感じずに腕を動かすことができた。」

○治療を重ねるごとに痛みや動きが改善していった。これは予想をはるかに上回る速さである。ただし、前腕を90度屈曲し、手の平を伸ばすと、肘の内側の骨に激しい痛みが起こる。7回目の治療後、手の平を伸ばしてもこれまでほどの痛みはなく、初めてこの動作での痛みが軽減した。
5回目の治療から不眠の治療を並行した。

10回目の治療後

「痛みがかなり軽減してきました。90度屈曲位では手の平を伸ばしても痛みはなくなりました。日常の動作はほとんど問題ありません。ただ、仕事をした後、痛みが増大しています。」

○本日より、仕事によって肘に負担がかからないようなテーピングを考案し開始した。更に肘バンドを装着し、万全を期す。胸郭出口症候群の治療も併用したからこそ、この効果が出ていると考える。

12回目の治療後

「仕事で肘に負担がかからないよう、極力気をつけています。安定して痛みが軽減できています。」

15回目の治療後

「今日はかなり楽になりました。治療によって、痛みが無くなっても、仕事が終わると痛みがまた出ていました。今日は、仕事が終わっても痛みが全然ありませんでした。起床時もすぐに腕を動かすことができ、グーッと突っ張っている感じがとれました。」

○今日は笑顔で来院され、かなり楽になったと自ら報告してくれた。
やはり、胸郭出口症候群の治療は並行してよかった。

20回目の治療後

「仕事したときにまだひじに痛みがあるために、サポーターやテーピングが必要だが、治療前はひじの状態がとことん悪化していて、仕事で手の平を握ったり開いたりする動作だけでもひじに激痛があった。

それが全くなくなり、普通に仕事をこなせるようになってきたので、精神的にホッとしています。現在では、睡眠が4~5時間寝られるようになりました。

これまでどこへ行っても、治療の手段が見つからず、どうして良いか悩んでいたので、治療を受けて本当によかったと思います。」

治療後の思い

_MG_1102ひじの捻挫が自然回復する時機を逸し、陳旧性となったものである。会社と交渉し、早退の許可を取り、毎日通うつもりで来院された。

靱帯の過伸展、炎症を伴い、痛みが慢性化している。鍼灸治療でたとえ痛みを取っても、長期間のリハビリが必要になるケースであった。最初に、最低4~5ヶ月は治療期間に必要だと告げた。それでも約1ヶ月で仕事に完全復帰できたのは、本人の熱心さ故であった。

自然回復力を増すために、不眠治療を併用した。さらに、首からくる神経痛の痛みを否定しきれなかったので、その治療も同時に行った。

今回も局所の回復のために、全身的なコンディションを整える事を根底に考えたのが功を得た。